埴輪道

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擬人化の罠 ※カクヨムより転載

おはようございます、埴輪です!

昨晩はよく寝たので、だいぶ体調が良くなってきたと思いたいところです!
朝風呂にも入ったし、とにかく体を温めていこうと思います!

――それはそれとして。

先日ラジオで耳にして興味を持ち、オムニセブンで購入した「コンピューターが小説を書く日 ~AI作家に「賞」は取れるか~」。

去年だったか、「AIが書いた小説が星新一賞の一次選考を通過した」というニュースを見て驚いたものですが、その顛末について当事者の佐藤さとう理史さとし教授が書き記したのがこの本です。(応募作も袋とじで収録されています!)

ロボット・アンドロイド好きな作家としては見逃せない本であり、その内容もAIだけでなく文章そのものに迫る素晴らしいものでしたが、この本が出版された経緯は悲しいような、怖いような、そんな理由によるものでした。

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報告会でお話した内容は、必ずしも正確に報道されたわけではありませんでした。また、人工知能に対しても、大きな期待とともに、大きな誤解が蔓延しているように見受けれられます。」(「はじめに」より抜粋)
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つまり、正しい情報を伝えるために書かれたということですが、なぜそのような事態になったかと言えば……次の一文を紹介するだけで事足りると思います。

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速報的報道では、どうやら「こういう風に書きたい」というスタイルがあるようです。(「AI報道のバイアス」より抜粋)
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こうではないかと仮定し、行動することは大事なことだと思いますが、それに反する事実が認められた時、事実を仮定に近づけようとしてしまうこと、またそうしたことができてしまうことが、文章の恐ろしいところかもしれません。(もちろん、全ての報道がそうだと断言しているわけではありませんし、なぜそのようなことになってしまうのかということについても、本書ではきちんと言及されています。)

私がこの本を読もうと思ったのは、AIが小説を書くに至った顛末を知りたいということはもちろん、文章を書くことについて改めて考えてみたかったからです。

コンピューターが小説を書くには、小説を書くというアルゴリズムが解明される必要があるはずで、それは何よりも確かな小説の書き方に他なりません。

本書を読んで、そのレベルまでには達していないことは分かりましたが、文章の作成を支援するという点においては、十分活用の余地があると思いますし、いずれ「お絵かきアプリ」のような感覚で「小説支援アプリ」のようなものが登場してもおかしくないだろうなと感じました。(何でもネットで調べられる今の環境も、コンピューターに支援されていることは間違いありませんが……!)

その一方で、人間の方がコンピューターの書くような小説を書くようになり、またそれを評価するようになりつつあるのではないか……そんな気もしました。(こう書けばよい、こう書かれていればよいといったパターン化)

文章に携わる方にはぜひ読んで欲しい一冊ですが、その中でも私が特に興味を惹かれた言葉は、タイトルに使わせて頂いた「擬人化の罠」です。

日本語は動詞の主語(動作主体)を人間または動物とするのが普通なので……

コンピューターが判断する
コンピューターが理解する
コンピューターが学習する
コンピューターが文章を読む
コンピューターが文章を書く

……といった、擬人化表現を日常的に使っています。

そのため、擬人化しているという意識が薄れ、「万物に魂が宿る」という日本人のアニミズム的な考えも相まって、コンピューターなどの人ならざるものを人間のようなものとして認識することを受け容れる……それが、「擬人化の罠」です。(コンピューターの調子が悪い……なんて言葉も、普通に使われていますからね!)

これは別に戦艦や刀剣といった無機物に限らず、エルフやドラゴンといった非人間であっても人間とコミュニケーションが可能な存在、あるいは、犬や猫といったコミュニケーションが可能であると考えられている存在については、全て擬人化されていると言っても過言ではないと思います。(言い換えれば、擬人化すればコミュニケーションが取れると考えているのかもしれません。)

これを創作物で考えると、様々な種族や亜人やロボットが登場したところで、それが人間と意思の疎通ができる存在である限りは、人間のバリエーションの一つであり、結局のところ、読者が興味や関心を抱くのは「人間」なのだろうと思います。(人間が理解し、共感できるのは、人間だけだということかもしれません。)

そんな擬人化の根底に、前述の通り日本語の成り立ちが関わっているというのは大変興味深いことで、日本語について学びたいという気持ちが強くなりました!

……最後に、本書で佐藤教授が多くの人に伝えたかったであろう言葉を紹介して、本日の近況ノートを終わりたいと思います!

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コンピューターは意識を持ちませんし、自由意思を持ちません。(「意識と自由意思」より抜粋)
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……実はこれ、私が小説でロボットやアンドロイドを描く上で、いつも念頭に置いてあることでもあります。(アイザック・アシモフ鋼鉄都市」の影響)
意識を持っているように見える、自由意思を持っているように見えるロボットやアンドロイドは登場しますが、そうであるとは断言していません。(ただし、第三者が意識を持っている、自由意思を持っていると考えるのは自由です。)
それでも話が成立するのは、他ならぬ人間の意識や自由意思のアルゴリズムが解明されていないからであり、だからこそ、興味が尽きないのだと思います!

 

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